医者

08/04/10
俺の祖父は医者だった。
 
っていっても金はなく、家はボロボロで食事なんか庭の野菜と
お茶漬けと患者さんからの頂き物だけ。 

毎朝4時に起きて身寄りのいない体の不自由なお年寄りの家を
診察時間になるまで何件も往診して回る。 
診察時間になると戻ってきて、待合室に入りきらないで
外まで並んでる患者さんを診察していく。 

昼休みはおにぎりを片手にまた往診。 
午後の診察をこなし食事をすませてまた往診。 
夜中に玄関口に患者が来たり電話があればいつでも駆けつける。 
一年365日休みなど無かった。 

自分の体調が悪くなっても

「自分を必要としている人がいるから」

と病院にもいかず診療を続け、無理矢理家族に病院に連れて行かれた時にはもう手遅れ。 

末期がんだった。 

でも

「どうせ治らないなら入院はしない」

と痛みをごまかし死ぬ間際まで往診を続けてた。 

遺産なんか何もなし。残ったのはボロボロの家だけ。 
聞けば治療費を支払えない人ばかりを診察・往診していて
ほとんど収入なんか無かったんだって。 



でも葬式のとき驚いた。 

患者だけで1000人ぐらい弔問に訪れ、中には車椅子の人や
付き添いの人に背負われながら来る人もいた。 

みんな涙をボロボロ流して

「先生ありがとう、ありがとう」

と拝んでいた。
 
毎年命日には年々みんな亡くなっていくからか
数は少なくなってきてはいるけど患者さんたちが焼香に訪れる。 
かつて治療費を支払えず無償で診ていた人から毎月何通も現金書留が届く。 

いつも忙しくしてたから遊んだ記憶、甘えた記憶など
数えるぐらいしかないけど今でも強烈に思い出すことがある。

それは俺が厨房のときに悪に憧れて万引きだの、恐喝だの繰り返していたとき。
 
万引きして店員につかまって

「親の連絡先を教えろ」

と言われて

「親はいない」

と嘘ついて

(どうせじいちゃんは往診でいないだろう)

と思ってじいちゃんの連絡先を告げた。
 
そしたらどこをどう伝わったのか知らないけど
すぐに白衣着たじいちゃんが店に飛び込んできた。 

店に着くなり床に頭をこすりつけて

「すいません、すいません。」

と土下座してた。
 
自慢だったじいちゃんのそんな無様な姿を見て、自分が本当に情けなくなって
俺も涙流しながらいつの間にか一緒に土下座してた。 

帰り道はずっと無言だった。 
怒られるでも、何か聞かれるでもなくただただ無言。 
逆にそれがつらかった。 

家にもうすぐ着くというとき、ふいにじいちゃんが

「おまえ酒飲んだことあるか?」

と聞いてきた。
 
「無い」

と言うとじいちゃんは

「よし、着いて来い」

と一言いってスタスタ歩いていった。
 
着いた先はスナックみたいなところ。そこでガンガン酒飲まされた。 

普段仕事しているところしか見た事がないじいちゃんが酒飲むのを見るのも、
なによりこんなとこにいること自体がなんだか不思議だった。
 
二人とも結構酔っ払って帰る道すがら川沿いに腰掛けて
休憩してたらじいちゃんがポツリと
 
「じいちゃんは仕事しか知らないからなぁ。おまえは悪いことも良い事も
いっぱい体験できててうらやましい。お前は男だ。
悪いことしたくなることもあるだろう。どんなに悪いことをしても良い。
ただ筋の通らない悪さはするな。」 

と言われてなんだか緊張の糸が切れてずっと涙が止まらなかった。
 
それから俺の人生が変わった気がする。
 
じいちゃんのような医者になるって決めて必死で勉強して
もともと頭はそんなに良くは無いから二浪したけど国立の医学部に合格した。
 
今年晴れて医学部を卒業しました。
 
じいちゃんが残してくれたボロボロの家のほかにもうひとつ残してくれたもの。 
毎日首にかけていた聴診器。あの土下座してたときも首にかかっていた聴診器。 
その聴診器をやっと使えるときがきた。
 
さび付いてるけど俺の宝物。 

俺もじいちゃんみたいな医者になろうと思う。 


21: 大人になった名無しさん
セピアな思い出∫泣ける話 第2話