
引用元:何を書いても構いませんので@生活板 41
https://kohada.open2ch.net/test/read.cgi/kankon/1488708437/
596: 一回は一回です。。 17/03/17(金)23:57:35 ID:ytf
私は26の女です。5歳だった子供が天へ旅立ちまだ一年未満。
子供が親より先に亡くなる辛さ哀しみ、失礼ながらこればかりは同じ経験をされた方にしかわからないと思います。
もう私は精神・身体面でももう子供は産めません。
離婚も考えましたが旦那に拒否されました。
子供の死後辛く苦しい時間を過ごしてきました。
消えてしまいたい気持ちにもなりました。
でもいつか寿命まで生きたら必ず
あちらの世界で子供と会えると信じているので、
寂しいけれど生き抜こうと思います。
自分自身も何とか前向きになれたらと、
あれこれと少しは良かれと思ったことをやってみたりもしました。
明るい気持ちを持てたのも事実なんです。
何とか大丈夫かも?なんて。
でもやっぱりそんなに簡単には無理でした。
最近また心が暗い闇のような気持ちに覆われ、もうあの子は生きていない何もしてあげられない、自分がお母さんじゃなかったら生きていたかもと考えてしまい泣けてきます。昔の能天気な自分にはもう戻れません。
ペットを飼えばと言ってくださる方もいますが、もう命を預かること自体恐ろしく自信がないのです。
たぶん傍からみたら普通の生活を送れているように見えることでしょう。
いつか自然体でそうなれたらいいと思いますが。私は子供が生きがいでした。
成長して離れていくことはあってもこの世からいなくなるなんて、嘘ならいいのに真実なんです。
今何をするべきかどう生きるべきか何を生きる糧とすべきか、いつも考えていまう。
597: 一回は一回です。。 17/03/18(土)00:09:13 ID:9Un
喪失の五段階
1 否定
2 怒り
3 取引
4 抑うつ
5 受容
いつもこれ見て客観的に考えるようにしてる。難しいけど、効果ある。有名だから知ってると思うけど、貼っとく
598: 一回は一回です。。 17/03/18(土)00:30:35 ID:59G
>>597
エリザベスキューブラーの死の五段階だっけ?
喪失も同じなのか
606: 一回は一回です。。 17/03/18(土)01:16:49 ID:9Un
>>598
そうそう死ぬ人だけじゃなくて、失恋、別れとかにも応用されてるよ。
海外だとドラマとかで良く出てくるくらいポピュラーだね。
599: 一回は一回です。。 17/03/18(土)00:55:56 ID:mNg
むかしは「七歳までは神の内」と言い、我が子を神さまからの預かりものとして大切にしたそうです
昔は医療が発達していなかったので、七歳くらいまでのお子が亡くなってしまうことが多かったため
「神さまのところへお戻りになった」と考えることで、悲しみを慰めていたとのことです
5歳は可愛い盛り。
どんなにか悲しくお淋しいことかと、ご拝察申し上げます
慰めの言葉などありませんが、いまは神さまのもとで幸せに生きていらっしゃると思って差し上げてはいかがでしょうか?
生身のわたしたちの寿命も、儚いです。
この世で精一杯生きれば、きっとお子さまが再会を待っててくださいますよ
旦那様と仲睦まじく生きるのが、お子さまの願いかと思います
勝手なこと書きまして、ごめんなさい。
お気を悪くなさったら、どうぞお許しください
600: 一回は一回です。。 17/03/18(土)00:57:11 ID:AIB
親より先に死んだ子は地獄の河原で永遠に石積んでるんだっけ
602: 一回は一回です。。 17/03/18(土)01:08:25 ID:u0P
>>600
本当に無神経な人間っているんだね…
611: 一回は一回です。。 17/03/18(土)03:59:18 ID:0aC
>>600さんありがとう。
もう一年近く、ほとんど寝れてないです。多分夢を見るのが怖いんです。子供の誕生日が近づくにつれ、特にひどくなってます。一年の内一番辛い二日です。
思い出があり過ぎてツラく、引っ越しも考えましたが
子供と最期に過ごした場所である為踏ん切りがつきません。
どうしたらいいのか、答えが見えない
真夜中に暗い話をしてしまい、失礼しました。
612: 一回は一回です。。 17/03/18(土)04:01:39 ID:0aC
>>600ではなく>>599さんです。
文句の一つぐらい言おうか迷いましたがやめます。同列になりたくないので
615: 一回は一回です。。 17/03/18(土)08:14:01 ID:AIB
>>612
仏教に文句言えばぁ?
617: 一回は一回です。。 17/03/18(土)10:11:19 ID:dyO
>>615
Wikipediaより
賽の河原は、親に先立って死亡した子供がその親不孝の報いで苦を受ける場とされる。
そのような子供たちが賽の河原で、親の供養のために積み石(ケアン)による塔を完成させると供養になると言うが、~(中略)~その子供たちは、最終的には地蔵菩薩によって救済されるとされる。
ただし、いずれにしても民間信仰による俗信であり、仏教とは本来関係がない。
俗説だし、子供は救われるし
生半可な聞きかじりの知識でよくもまあ不謹慎なことを書けたもんだ



コメント
コメント一覧 (6)
ぶっちゃけネットに書き込みなんてしてる時点で嘘か余裕あるかのどっちかだろ
matometemita
が
しました
残された家族がどこかで石を積んでやるとそれも加算されて子は早く極楽に行ける
民間伝承だけど家で泣いてるよりも外に出て何かするのが親の心にいいという意味なんだろうな
matometemita
が
しました
精神を病むことも多かった。心の傷をケアする環境もないし。恐山のイタコの口寄せって
いうのはそんな母親を救済するために自然発生的に生まれたシステムなんだよ。
matometemita
が
しました
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