一回は一回です。。| 2ch修羅場・復讐まとめ

2ちゃんねるから修羅場・復讐・鬼女・気団・嫌がらせ・キチ・報復・嫁姑・トメ・コトメ・ウト・DQN返し 「ざまぁみろ」と言っちゃう本当にあった復讐劇をお送りします。 読み終わってスッキリする事間違いなし!! 「一回は一回ですから...」 と言う感じのまとめサイトです。

  • Twitter
  • RSS

人が怖い

イカ

16/07/11
イカ釣りで移動しながら釣れるポイントを探してたら、移動先で一投目に大物をゲット。ウキウキで撮影してたら、隣で釣ってたオッサンが話しかけてきた。

「さっきまで俺がその場所で釣ってたんだよー」

「あと一投してたら俺が釣ってたのにー」

とかグズグズ言ってきた。ウザいなぁと思いながらもニコニコ対応してたら、しだいに顔つきが変わってきてキレはじめた。

続きを読む

電車旅

13/08/30
大学生の時の実話、不条理な点は結構自己解釈してるんで、思うところがあったら指摘してくれると助かります。

夏休みになると、よく旅に出てた。海外とか、自分探しとかそんな崇高なもんじゃなくて、18きっぷで知らない街まで行ってソバ食べて、風呂入って、みやげ買って帰って来るそんなレベル。

世紀末のようやくインターネットが普及しだした時代、携帯じゃなくてポケベルが最高の装備品。

これから向かう先の情報なんかも調べる方法がなくて、基本的にいつもノープラン、漫画喫茶に泊れるのはまともな方で、しばしば駅で野宿してた。

続きを読む

虐待の被害者

12/06/21
ピンとこんかもしれないけど書きたいから書く。

2003年から2011年春までニートだった。最初の3年はほんと外出も何もままならない状態。ただただ、毎日夜も眠れず睡眠時間は1時間位。世にいうパソヲタニートというわけでもなく、パソコンなんてない。

時おりカウンセリングとか連れてかれて、神経科医にもかかって、パニック障害、PTSD、自己愛性人格障害とか色々病名がついていった。欝もありーのと精神病のオンパレード。どこか他人事だったな。

普通の病院にも連れて行かれるようになった。頚椎捻転やら、そこからくる筋緊張性の頸動脈の血流異常やら自律神経失調症やらと、そこでも多数の病名がぼろぼろぼろぼろついていった。

続きを読む

ネット社会

【※汚注意】

14/11/03
今から15年前以上前の俺の話をしようか。

某多摩地域の大学に通ってたんだけど、地方から出てきて、知り合いもいなくて、不本意ながら合格した大学だったから、数か月でつまらなくなって、ほとんど授業にも顔を出さなくなってた。

インターネットを始めたのもその頃からで、当時はまだまだISDNが普及していなくて、54kbpsのアナログモデムでゴリゴリ接続してた。Win95も不安定で何度も再セットアップしてたな。

サイト数も今よりかなり少なくて、大企業や官公庁の公式サイトはあったけど、個人で運営しているサイトなんかわずかだったし、コンテンツも貧弱なものが多かった。

続きを読む

覗き

05/12/13
先週の日曜、私の家に友達が子供と一緒に遊びに来ました。

お茶を淹れてお土産に持ってきてくれたシュークリームを食べながら、一連の姉歯とかヒューザーとかの話を、とりとめもなく夢中で喋っていました。

子供(女の子、5歳です)はというと、家の中をちょろちょろしながらウチの犬と遊んでいました。

続きを読む

ストーカー

09/06/17
今でも不思議でワケわかんないんだけど、俺の幼なじみが遭遇した話を書きます。長いです、ゴメンナサイ。

幼なじみは女なので、名前は仮にA子とします。もう5年前になるけど、A子は当時23歳だった。

そこそこ美人なんだけど、性格がかなり変わってて近寄りがたい雰囲気の女なので当然彼氏もいなくて、俺はよく

「誰かイケメンを紹介してくれ」

と言われていた。

ある日、仕事から帰ってきた俺は、家の前でA子とカチあった。(家が隣同士)いつもは軽く立ち話をするのだが、この日はA子がこんなことを話し出した。

続きを読む

視覚障碍者

02/01/11
洒落にならないかどうかはわかんないけど一応私は怖かったので。

就職して田舎から出てきて一人暮らし始めたばかりのとき、会社の新人歓迎の会で、深夜2:00過ぎ頃帰宅中の話。

その当時住んでいたマンションは住宅地の中にあり深夜だとかなり暗く、また人通りもほとんどなく私はビクビクしながら1人帰宅していた。

やっと自分のマンションが見えホッとしたところ、向こう側から女の人が歩いてきました。

その女の人が、なんというかフラフラっという感じで、とても不自然な出てきかた?のように感じたのを覚えています。

続きを読む

いなくなった母親

11/12/19
俺の実家は、とある新興宗教をやっていた。それなりに有名な宗教団体。

世襲制で、父親で6代目、信者もそれなりの人数がいた。家族構成は、祖父、祖母、父親、俺の4人。

母親は小学校高学年の時に出て行った。

祖母いわく

「嫌になったんよ、色々と」

だと。

悲しかったのは確かだけど、幼少期の家族の思い出は父親と母親の喧嘩、祖母にイジメられて泣いてる母親くらいしかないので、まぁしょうがないなって感じだった。

続きを読む

精神疾患

15/05/23
これはまだ僕が京都で大学生だった時の話です。

当時バンドを組んでいた僕は、週末の夜になるとバンドメンバーとスタジオに入り練習をしていました。

その日練習が終わったのは夜の一時。季節は夏で、京都特有のけだるい、のしかかるような蒸し暑い夜でした。

そのスタジオは家から遠く、いつもはバスで帰るのですが、時間的にもうバスも走っていなかったので仕方なくタクシーを拾いました。

背中に背負ったギターケースをおろし、あー、無駄な出費だなぁ、次のライブのノルマもきついのになあ、なんて思いながらタクシーに乗り込みました。

続きを読む

某国人

12/08/25
20年程前、関西のある都市の解体屋でバイトをしていた時。

今は考えられないけど、当時はバブルの終焉期で「シーマ現象」なんつって20代そこそこの就職したての若僧でも5~600万円する高級車をローンでポコポコ買って乗り回すのが流行ってた。

で、バイトしてた解体屋に高速で事故って車体がくの字に折れ曲がった高級車が入ってきたのよ。

そこでオーナー(某国人)からストックしてた同車種の解体車と俗にいう「2こ1(解体車2台を前と後ろでくっつけて1台作っちゃう・当時は適法だった)」をするよう指示があって、同僚だった某国人と一緒に作業をはじめたの。

続きを読む

このページのトップヘ